奥村新一部長 奥村 新一  部長

				
				

大阪大学医学部卒業 大阪大学医学博士 大阪大学医学部臨床教授 

日本耳鼻咽喉科学会認定専門医 日本耳鼻咽喉科学会認定騒音性難聴担当医 日本めまい平衡医学会アクティブメンバー並びに評議員 日本災害医学会評議員 労災協力医 

日本聴覚医学会会員 日本耳科学会会員 耳鼻咽喉科臨床学会会員 日本顔面神経研究会会員

専門 耳鼻咽喉科学殊に耳疾患:伝音難聴の手術 人工内耳埋込術 突発性難聴の治療 顔面神経麻痺の治療



ろうさいフォーラム 2007年2月号22-23頁より

奥村新一部長

難聴疾患に力を注ぐ

大阪労災病院耳鼻咽喉科部長 奥村 新一

奥村新一部長 大阪労災病院は、昭和37年4月に開設、その後、地域の発展とともに施設・診療体制の拡充を行い、現在では19診療科、病床数734床と労災病院でも最大の規模を有しており、また、高い医療水準を誇っている。

 そうした中で、長年に亘り、勤労者医療や地域医療に積極的に貢献している一人が奥村部長である。

生い立ち

 奥村部長の出身は京都市東山区、実家は歌舞伎の劇場として有名な南座の近くとのこと。「子供の時は甘やかされて育ちました。また、体が非常に弱く、一時危ない時もあったようです。小児科や耳鼻科などいろんな科にかかったり、たびたび医者が往診に来たりしていて、病院とは昔からなじみがありました。それで、医者になったかもしれませんね。ただ、周りには医療関係者は全くいませんでしたが」と幼少時代を語られた。「中学の時は成績はあまりよくなかったですね、高校に入る頃から、体も強くなり、どういう訳か勉強がおもしろくなりました。成績も知らないうちに上がり始めましたが、大阪大学医学部にはぎりぎりでの合格でした」と照れながら話された。

 どんな学生でしたかと話を向けると、「高校までは親が、大学時代は友人が育ててくれました。当時、医学部のあった中之島は繁華街に近く、授業をさぼって友人とよく遊んだことを覚えています」と懐かしそうに話された。

耳鼻咽喉科を選ぶ

耳鼻咽喉科を選んだ理由を伺うと、「大学の頃は、特に何科とは決めていませんでした。実際に決めたのは卒業する前です。この科は外科系でもあり、内科系でもあります。手術もできるし内科的な疾患も扱えます。手術には興味がありましたが、そうかといって、本格的な外科や整形外科になるとちょっと体力に自信がなかったですね。まあ、仲間数人と医局に説明を聞きに行ったら、強引に誘われたといったところもありますね」とざっくばらんに話された。

 卒業後、そのまま同大学耳鼻咽喉科医局に入局。昭和51年から2年余り、当院に勤務されたこともある。その後、奈良県立医大や大阪警察病院で研鑽を積まれた。この間には、週に1回程度大学に通い、メニエール病関係の研究で、医学博士号を取得されている。

得意分野は難聴疾患

当院には、昭和60年1月に耳鼻咽喉科部長として着任された。以来22年、入院患者、外来患者さまの診断・治療に全力を注がれてきた。「当初は入院患者16,7人程度でした。外来も多くはなく、そんなに忙しくはありませんでした」と当時を振り返る。現在は部長を含め4名の医師で、1日当たりの入院39人、外来は65人の患者さまを診ている。手術件数も多く、全国の労災病院で40名近く入院させているところはないほど、活発に診療を行っている。

そうした中、当院では主に耳疾患の治療に積極的に取り組んでおり、伝音難聴の手術、人工内耳埋込術、突発性難聴や顔面神経麻痺の治療は奥村部長の得意分野でもある。特に突発性難聴の患者さまは年々増えており、入院患者さま年間350人は全国でもトップの診療レベルを誇っている。「この病気については、実際の患者さまはもっと多いですね。発症の原因は不明ですが、早く治療するほど治りがいいことがわかっています。当院では高気圧酸素療法の設備なども揃っていますし、とにかく早く診察して、治療することが大事です。発症して日が経ってから、インターネットで調べられて来院される方もいますが、非常に気の毒です」と早期診療の重要性を力説される。

「視力、聴力を失った場合、一般的には眼が見えない方が大変だと思われていますが、三重苦で知られていたヘレンケラーはこの中では聴力が一番ほしいということを聞いたことがあります。これは無理かなあと思っていた患者さまの聴力が回復すると、非常に嬉しいですね」ととびっきりの笑顔で語られた。

また、奥村部長はマスコミからよく取材を受けており、昨年4月の朝の人気テレビ番組出演については、本誌7月号でも掲載したところである。その他新聞などにもラジオなどにもたびたび登場するなど、労災病院の存在価値を高められているのは心強い限りである。

ホームページの充実に向けて

 奥村部長は院内では広報室副委員長として、ホームページの充実にも気を配られている。トップページと耳鼻咽喉科の分については、部長が作成されており、「ホームページに詳しい先生が辞められた後を引き継ぎましたが、最初はインターネットのイの字も知りませんでした。それが、今は趣味はインターネットというまでになりました。実は、ちょっと関係のあるところのホームページも任されているんですよ」と笑顔で話される。

「ホームページは大事ですね。いろんなところから突発性難聴や中耳炎の患者さまが見えています。当院のホームページは各科が作っているのが多いので、見た目が少し悪いところもあり。病院としてもう少しきちんとしてものを考えています。また、検索してヒットするように工夫することも必要ですね」と今後の課題について話された。

今後の希望

今後の希望について伺うと、「病床再編の話が出てきています。現在、ベットは中6病棟と西6病棟に分かれており、その上、救急で入った患者さまは各階にまたがっています。そこで耳鼻科は病床を増やして、口腔外科と一緒に一つの病棟にする方向で話が進んでいます。効率的に医師が診ることができます」と弾んだ声で語られた。

 スタッフについても、「梶川副部長以下、よく頑張ってくれて、嬉しいですね。スタッフに本当に助けられています。また、聴力検査は看護師が2名、聴覚医学会からの資格を取って、引き受けてくれています。治療方針を決定する聴力検査は大事ですよ」という言葉が返ってきた。このチームを引っ張っている奥村部長の温かさを感じた。

リフレッシュ

 幅広い趣味をお持ちの奥村部長であるが、その一部を紹介したい。

医師になって直ぐに始められたのがヨットである。(社)関西ヨットクラブに所属し、以前は外洋レースなどにも参加されていたそうだ。最近は瀬戸内海などでのクルージングを楽しまれている、また、小学校からバイオリンを始め、中学・高校とオーケストラ部に所属し、コンクールにもよく出場していたとのことで、クラシック音楽にも造詣が深い。以前はよくコンサートなど聞きに行ったが、今はそんな時間もなく、夜、時間がとれたときに、家で少し聴いているぐらいですね」とにこやかに語られた。

 患者さまにも常に笑顔で応対される奥村部長。その笑顔に癒される一時でした。

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