大阪大学医学部での講義(2011年7月13日)

食道癌の放射線治療


食道癌についての予備知識
 死亡数は年間約1万2千人(2008年人口動態統計http://www.ncc.go.jp/)で、悪性新生物の3.4%、男女比は5.7:1である。
原因として飲酒、喫煙、熱い食事などが考えられている。病理診断は92-93%が扁平上皮癌である。症状は通過障害、吐血
などがあげられる。

食道は解剖学的に頚部、胸部上部、胸部中部、胸部下部、腹部食道に分けられているが、胸部中部食道からの発生頻度が
52%と最も高い。

なお、欧米では胸部下部、腹部の食道に発生し腺癌が多い。

(画像をクリックすると拡大します)

UICC(2002)での病期分類では、深達度によりTis、T1-4に分けられる。食道疾患取扱い規約ではTis(EP)はT1aに分類されるが、このうち粘膜層mucosaまでのT1aを早期癌、粘膜下層submucosaまでのT1bを表在癌という。いづれもリンパ節転移の有無は問わない。表在癌のリンパ節転移の頻度は深達度によりことなり、EMR(粘膜切除術)の適応決定の参考となる。


食道癌の治療方針
食道癌の治療方針は、まず遠隔転移の有無、次にリンパ節転移の有無、そして最後に腫瘍の深達度により決定される。すな
わち、遠隔転移を認める症例では対症的治療として化学療法や通過の改善を目ざした局所照射あるいはステント挿入、遠隔
転移がなくリンパ節転移を認める症例では外科治療、リンパ゚節転移がなく深達度が筋層を越えている場合(T4)では化学放射
線療法、筋層内に留まる腫瘍(T1b-T3)では外科治療、リンパ節転移のないT1aの表在癌では粘膜切除(EMR)が第一選択と
なる。ただし、近年、後述する化学放射線療法が外科治療に匹敵する治療成績を報告しており、治療法の選択枝が増えてい
る。また、粘膜切除術の適応拡大も図られており、患者の希望、年齢、全身状態等により治療法の選択の幅が広がっている
。一方、放射線単独治療は表在癌、高齢者、合併症を有し外科治療や化学放射線治療の困難な症例を中心に行われている
。(下図)なお、米国では腺癌が50%以上を占めていることもあり、I−III期では外科的治療が標準的治療となっている。
(http://cancer.gov/cancerinfor/pdq/treatment)


3)放射線治療法

2次元の治療計画にはバリウム造影によるX線シミュレータ(下図左)が用いられてきたが、最近はCTシミュレータ(右)を用い
た3次元治療計画が主流となりつつある。3次元治療計画では食道外への腫瘍進展範囲の同定が容易で、心臓や脊髄など
の危険臓器への線量軽減し、腫瘍に対して十分な線量を照射することが可能である。


ところで、放射線治療計画においては5つの体積の概念を理解しておく必要がある。すなわち、肉眼的腫瘍体積GTV(Gross
tumor volume)、臨床的標的体積CTV(Clinical target volume)、生理的動きを含む内的標的体積ITV(Internal target volume)
、計画標的体積PTV(Planning target volume)そして治療体積(Treated volume)である。(下図)GTVは原発巣とリンパ節転移
巣の体積であり、CTVはGTVに微視的な腫瘍浸潤を含む体積、ITVとはCTVに呼吸、嚥下、心拍動、蠕動などの体内臓器の
動きによる影響を含めた標的体積、PTVはさらに毎回の照射における設定誤差(SM, set-up margin)を含めた標的体積、そし
て治療体積はPTV内の最小線量で囲まれる体積である。なおCTVは原発巣とその周囲の微視的な腫瘍浸潤を含むCTV1と
微視的なリンパ節転移のCTV2に分けられる。

食道癌は高率にリンパ節転移をきたすが、原発巣の位置によりその転移部位は異なる。たとえば、頚部食道では上縦隔や頚
部リンパ節、胸部下部食道では腹腔内リンパ節に転移が認められることが多い。従って、PTVはCTVにより異なることになる。
転移の少ないEP-LPMではリンパ節の予防照射領域(CTV2)は含まず、局所に対して照射野が設定されるが、リンパ節転移
の頻度の高いMM以上では通常はリンパ節転移頻度の高い食道癌取扱い規約の第2群のリンパ節領域を予防照射領域に含
むように照射野を設定する。ただし、年齢や全身状態を考慮して主治医の判断で修正される。腫瘍の占拠部位と照射範囲の
概略を下図に示す。

(日医放 62: 801-807, 2002)
放射線単独療法では60 Gy/30回/6週間以上の照射を原則とする。照射方法は前後対向2門照射により40Gy照射後、脊髄
を避けるように斜入対向2門照射で20−30Gy追加するのが一般的である。ただし、頚部食道癌ではdouble wedge法などの
方法を用いることがある。

放射線治療単独群
遠隔転移を伴わない食道癌の照射単独での5年生存率は、I期24.2%、II期8.6%、III期3.8%であり、外科治療の83%、
48%、33%と比べて不良である(日癌治 27:912−924、1991年)(下図)。


■化学放射線療法
最近、全身状態のよい症例に対して局所制御率の向上と遠隔転移の予防を目的に化学療法と放射線治療の同時併用療法
が積極的に試みられている。化学療法剤(シスプラチン/5FU)と放射線治療(50 Gy/25回/5週間)を用いた第3層試験(JCO
15:277-284, 1997)では放射線治療単独群と比べて5年生存率は有意に良好である(27% vs 0%)(下図)。


全身状態のよい切除可能例(T1-3N0-1M0)に根治照射をおこなう場合は同時併用化学放射線療法が強く推奨される。(グレードA)

一方、同時併用化学放射線療法の50.4 Gy/28回 vs 64.8 Gy/36回の比較試験では前者の予後が良好で、米国での標準
的な線量とされている(下図)。(JCO 20: 1151-1153, 2002)


同時併用化学放射線療法での根治照射には、少なくとも通常分割照射で50 Gy/25回/5週以上に相当する線量が必要である。(グレードB)

わが国の国立がんセンターからのI期食道癌に対する報告では化学放射線療法は外科治療とほぼ同等の治療成績である。


一方、II-III期食道癌に対する化学放射線療法は手術+術後化学療法と同等の治療成績が報告されている(Int.J. Radiation
Oncology Biol. Phys. 57: 425-433, 2003)。(下図)ただし、長期生存例の検討では晩期の心臓合併症(心外膜炎など)が報
告されており、照射線量や照射方法の検討が進められている。


その後、JCOG9907により術前化学療法+外科治療の良好な治療成績が報告され、現在手術が優先されている。


まとめ

1.・ I期症例では内視鏡治療、化学放射線療法、外科治療はほぼ同等の治療成績である。
2.
2. II-III期症例では手術が優先されるが、非適応例には同時併用化学放射線療法をおこなう。

<コラム>
アルコール代謝は発ガンと関連していることはよく知られている。アルコールはアセトアルデヒド、酢酸を経て二酸化炭素と水
に分解される。しかし、アセトアルデヒド脱水素酵素の産生に関与する遺伝子(ALDH2)の欠損により、酢酸への分解が滞り、
血中アセトアルデヒドが上昇する。遺伝子の欠損のない場合に比較して、ヘテロの欠損では6倍、ホモでは19倍もアセトアル
デヒドは上昇すると言われている。この結果、顔面紅潮、気分不快などの症状をきたすだけでなく、発ガン物質として長期間
作用すると、頭頸部癌、食道癌、肝臓癌、大腸癌、乳癌、肺癌などの発生頻度が高まる。


肺癌の放射線治療

肺癌についての予備知識

死亡数は年間約6万7千人(2008年人口動態統計)で、悪性新生物の19%、男女比は2.7:1である。原因として喫煙が考えら
れている。病理診断は男性では約40%が扁平上皮癌、女性では約60%が腺癌である。初発症状は咳、血痰などがあげら
れる。

肺癌の治療方針
非小細胞癌(80-85%)と小細胞癌(15-20%)に分けられる。非小細胞癌は外科的治療が第一選択だが、切除可能な症例は
20-30%であり、残りの大部分は放射線療法・化学療法が選択される。非切除症例のうち、遠隔転移や悪性胸水を伴わない
症例では局所制御を目的とした根治的放射線治療の適応となる。根治を望めない症例でも症状の緩和や延命を目的とした放
射線治療の役割は大きい。病期別ではI、II期およびIIIA期の一部の症例は外科的治療が選択され。IIIA期の一部とIIIB期症
例では放射線治療単独あるいは化学放射線療法が選択される。IV期症例では原則的に化学療法が選択される。一方、小細
胞癌はI期症例では外科治療が選択されるが、II−III期症例では化学放射線療法、IV期症例では化学療法が選択される。


肺癌の放射線治療
肺癌の放射線治療計画は食道癌の場合と同様にX線シミュレータを用いる方法とCTシミュレータを用いる方法があるが、前者
においても診断用のCT画像を参考に計画するが、後者は縦隔病変や胸壁に沿って広がる浸潤性病変の同定しながら計画
が可能なためより精度の高い治療計画を実現することができる。

1)非小細胞肺癌の放射線治療
適応は根治的胸部照射、術前・術後照射、緩和的照射に分けられる。

肺癌のうち扁平上皮癌の多くは肺野ー肺門ー縦隔と順次性にリンパ節転移をきたすと考えられており、治療計画においてはその点を考慮して照射野が設定される。一方、腺癌などの扁平上皮癌以外の組織型では必ずしも順次性が認められない場合があり、また血行性に遠隔転移をきたすことがある。

照射範囲の設定においては原発腫瘍とリンパ節転移巣および気管支鏡で認められ画像でとらえられない浸潤範囲をGTVとし
、さらに微視的なリンパ節転移部位を含む範囲をCTVとしてPTVを設定する。すなわち、原発巣、同側肺門・縦隔・鎖骨上窩リ
ンパ節領域を含む範囲を照射野とする。原発巣と照射野の1例を下図に示す。左の2つは上葉原発の腫瘍の前後の照射野、
右は中・下葉原発の場合の照射野を示す。放射線肺臓炎のリスクを低下させるために、20 Gy以上照射される正常肺の体積
V20は正常肺全体の体積の40%を超えないように計画する。

腫瘍の局所制御率は文献的考察から照射線量と相関することが示されている。(IJROBP 21: 779, 1991)

すなわち、局所制御に必要な線量として顕微鏡レベルの腫瘍細胞では50Gy、肉眼的レベルでは60Gy以上が必要で、3cm
以下の腫瘍でも70−75Gy、3−5cmでは75Gy以上の線量が必要と考えられている。一方、予後と照射線量に関する臨床
試験の結果、標準的な照射線量は非切除非小細胞肺癌では60Gy/30回/6週とされている。(IJROBP 12: 539, 1986)

2)過分割照射と化学放射線療法
大きな腫瘍ほど大線量が必要である。その理由として、腫瘍内の低酸素細胞などの放射線抵抗性腫瘍の存在が考えられて
いる。放射線感受性は酸素濃度に依存し、低酸素状態では感受性は低下する。(下図左)腫瘍細胞では毛細血管からの距
離に比例して酸素濃度は低下する。(下図中)したがって、腫瘍径が大きくなるほど低酸素細胞の割合が高くなり放射線が効
きにくくなると考えられている。(下図右)


最近の過分割照射や化学放射線療法などの強力な治療法はこれらの放射線抵抗性腫瘍にはたらき、腫瘍の再増殖を抑え
ることを目的としている。

通常の放射線治療は1回1.8−2Gy、1日1回、週5日で照射されるが、過分割照射は1回1.1−1.6Gy、1日2−3回、週
5−7日のスケジュールで照射され短期間に大線量が照射される。

3)非小細胞肺癌に対する化学放射線療法
■順次併用化学放射線療法 vs 照射単独
化学療法の併用により治療効果を高める試みも行われており、第3相試験では照射前に化学療法を併用する順次併用化学
放射線療法が照射単独に比べて予後の優れていることが示された(MST: 13.8 vs 9.7 ヶ月)( N Engl J Med 323: 940-945,
1990)。



■順次併用化学放射線療法 vs 同時併用化学放射線療法
さらに、最近の報告では全身状態の良好な症例では化学療法と放射線の同時併用療法が順次併用療法に比べて優れてい
る(5年生存率16.5% vs 13.3%)(Clinical Oncology 2692-2699, 1999)(下図)。


また、60Gy/30回/6週の通常分割照射や69.6Gy/58回/6週の過分割照射と比べても化学放射線療法は優れている(2年
生存率11.4% vs 12.3% vs 13.6%)(IJROBP 39: 537-544,1997)(下図)。現在、全身状態の良好な症例
(PS:0-1)では同時併用の化学放射線治療が行われており、その他の症例では60 Gy以上の通常分割照射か導入化学療法
後に60 Gy以上の通常分割照射がおこなわれている。


なお、同時併用化学療法と過分割照射の組み合わせも試みられたが、通常分割照射での順次併用化学放射線療法や同時
併用化学療法に比べて合併症が多く(62%vs30%vs48%)予後の改善は得られていない(MST 15.6ヶ月vs14.6ヶ月
vs17ヶ月)(ASCO 2000)。

まとめ
・ 化学放射線療法の良い対象は全身状態の良好PS:0-1)な患者(グレードA
・ 導入化学療法後は60 Gyを最低合計線量とする(グレードA
・ 化学療法と放射線治療は同時併用が望ましい(グレードA


4)小細胞肺癌に対する化学放射線療法
小細胞肺癌は非小細胞肺癌に比べて急激な経過で進行するが、化学療法や放射線療法に対する感受性は高い。小細胞肺
癌では肺、同側肺門、両側縦隔、同側悪性胸水、鎖骨上窩リンパ節に限局し化学療法・放射線治療が可能な症例
(limited disease , LD)とそれらを超えて広がり化学療法が適応となるextended disease(ED)に分けて治療方針が決定されてい
る。

■化学療法併用:通常分割照射 vs  過分割照射
LD症例に対する標準的治療は化学放射線療法であり、最近の臨床試験では過分割照射を用いた同時併用療法の予後が
優れている(下図)。(NEJM 340: 265-271,1999)


但し、休止期間をおくと同時併用療法でも過分割照射と通常分割照射とに治療成績の差はみられない(下図)。(IJROBP 59:
943-951, 2004):QDは1日1回照射、BIDは1日2回照射を示す。


■化学療法併用のタイミング
治療開始日から放射線治療終了日までの期間が短いほど治療成績は良好 であり(下図)(JCO 24: 1057-1063, 2006)、早期に同
時併用が推奨される。(グレードA)


■化学療法併用:順次併用 vs 同時併用
わが国の臨床試験では過分割照射を用いた同時併用療法が過分割照射を用いた順次併用療法よりも優れていることが示さ
れている(下図)。(JCO 20: 3054-3060, 2002)
全身状態の良好な症例には、同時併用化学放射線療法が推奨される。(グレードA)

現在、小細胞肺癌のうち全身状態の良好な症例には化学療法と過分割照射(45 Gy/30回/3週)の同時併用療法が選択され
、全身状態の不良な症例では化学療法後に放射線治療(45-54 Gy/25-27回/5-6週)が施行される。

まとめ
・全身状態の良好な症例には、早期に同時併用化学療法+過分割照射(45 Gy/30回/3週)をおこなう。(グレードB)
・全身状態の不良な症例では化学療法後に放射線治療(45-54 Gy/25-27回/5-6週)をおこなう。(グレードB)

5)小細胞肺癌における予防的全脳照射(PCI)
小細胞肺癌では脳転移の頻度が高く、LD症例でCRの得られた症例では予防的全脳照射(PCI)が行われており、脳転移の
減少(下図左)と予後の改善が確かめられている(下図右)。(NEJM 341: 476-484, 1999)また、最近の報告ではED症例にお
いても化学療法でCRの得られた症例ではPCIが予後の改善に寄与することが報告されている。(ASCO2007)


PCIの照射線量に関する25 Gy/10回 vs 36 Gy/18回の比較試験では生存率は前者の予後が良好で(下図)、晩期の神経障
害も有意(p=0.02)に少なく、25 Gy/10回が標準的治療と考えられている。(Lancet Oncol 10: 435-437, 2009)

6)定位放射線治療
定義
新しい放射線治療の試みとして定位放射線治療があげられる。
定位放射線治療は固定したターゲットに正確に放射線を集中させることにより、周辺臓器への照射を減らし、腫瘍への線量増
加を図る治療法である。
適応
原発性肺癌では直径5 cm以内のT1-2N0M0の腫瘍に対して行われ、気管・食道などの危険臓器に近接していないも。
転移性肺癌では直径5 cm以内で3個以内、原発巣が制御され、遠隔転移のないもの。
■禁忌
絶対禁忌は妊娠中の場合で、相対禁忌は当該部位への放射線治療の既往例、重篤な間質性肺炎、肺繊維症、糖尿病、膠
原病、ステロイド常用があげられる。

わが国の多施設研究では、I期肺癌の手術可能例の治療成績は3年生存率で72%で、手術成績に匹敵する。

下図は自経例である。在宅酸素療法を要するCOPDの患者さんである。治療前には左肺門に腫瘍を認めるが(図左)、50
Gy/5回/1週間の治療がおこなわれ(図中)、3ヵ月後に腫瘍の消失を認め(下図右)、3年以上経過するが再発転移は認めて
いない。